それから一週間のうちに、一乗寺は三露の希望通りのものを全て揃えてくれた。
一体誰の名義になっているのかもわからないマンションは、三露が中に入ると全て家具が備え付けられていた。テレビやビデオまである親切ぶりだ。
ようやくホテルの仮住まいから解放された三露は、ここ最近で一番の上機嫌だった。街の南のほう、駅前の繁華街へと出かけ、必要となる衣服類も揃えた。腕に重い荷物の感触がまた嬉しい。男一人でのウインドウショッピングはなかなか勇気がいったが、商品を選び始めるともうそんなことも気にならなかった。
夕暮れが街を赤く染める中、三露は家路を急いでいた。左半身へと照りつける夕日が眩しい。駅前の繁華街あたりはともかく、三露のマンションの辺りまでくると日光を遮るような背の高い建物は見当たらなくなる。都市化は南から進み、今はまだ駅前が賑やかになったのみだ。そのぶん繁華街とその他との落差は激しい。
街自体は巨大だった。そもそもどこからが郊外なのかがわからない。北へ進むに連れて田畑が目立つようになり更に北は林と山に覆われている。人の住まないその地域までもを街として一括りにしているせいで、とにかく巨大だった。
三露の配属された区域、すなわち真田と一乗寺が所属している区域は、街を十字で四つに分けた南西のエリアだった。果京といって街で唯一の電車が通る地区だ。他の場所に比べて栄えてはいるものの、それでも発展途上と言えた。今も三露が歩いている住宅街は、時々家が途切れて田圃が姿を見せる。
田起こしで柔らかく掘り返された濃い茶色の土が一面に広がっている。あの上に飛び降りて足跡をつけると気持ちいいだろうな、などと考えながら三露が歩いていると、背後からざわりと追い風が吹いた。今の季節にしては生ぬるい、気持ちの悪い風だ。
思わず振り返った三露の目に真っ先に飛び込んできたのは、南の空高く浮かぶ半月だった。夕闇の赤紫の空とコントラストになった白い月がぽっかりと浮かんでいる。三露は中途半端な形をしたあの月が好きだ。半月は弓張りと呼ばれる。弓を張った形のあの月は一番攻撃的だと三露は思う。そして一番調和のとれた形であり、例えるならば陰陽の太極図のようだ。陰と陽が半々に混ざり合った形は最も安定がいい。
つい三露が月に見惚れていると、ヴンとどこからか重低音が聞こえた。そして誰かの駆けてくる足音と。
唸るような重低音の響く中、思わず首をめぐらせる。辺り一帯はほとんど田園のため、よく景色が見渡せた。そして十メートル程も向こう、一段低くなった水田から道路へ飛び上がってきたのは、真田だった。背後を振り返る真田の肩は大きく上下している。
一体どうしたことかと真田に呼びかけようとして、三露はぎょっと動きを止めた。田圃の端にでも置かれていたのだろうトラクターがこちらに向かって来ているのだ。
それを見た瞬間、肌がざわりと粟だった。何かとてつもなく嫌な感じがする。それは丁度、一週間前に襲ってきた車を見た時と同じ感じだった。何かの気配があのトラクターにも憑いているのだ。
「真田!」
叫びながら、三露は荷物を放って走り出していた。真田はもうトラクターに気がついていた。いや、もともとあのトラクターから逃げていたのだろう。警戒しながら後退っていた。
幸いなのはトラクターのスピードが遅いことと、トラクターは水田と道路の段差を超えられないことだ。ガシャンと大きな音を立ててトラクターは段差にぶつかっていた。
真田がすぅっと右手を上げて手の平をトラクターへと向けた。
「……やめろッ!」
三露は叫びながらジーンズから財布を取りだした。中に入った白い和紙を抜き取りながら、空いた手でベルトに挟んだナイフを抜く。そのナイフで和紙を素早く切り抜いていった。
この場は何としても自分が切り抜けなければならない。今、真田は悪魔を召喚するだけの力を持たないのだ。その状態で召喚を行えば、最悪死んでしまうこともあると聞いている。
三露は真田に駆け寄るとその身体を押しのけ、トラクターに向かい合った。折った和紙を右手の中指と人差し指で挟んで唇に当てる。
「伏して願い奉る。南東の守護、戊辰の陽なる火。応え給え宿り給え我が前に姿成せ、勾陣!」
早口に唱えると、空気がざわめくような感触がした。三露は和紙を唇から離して前へ突き付ける。すると和紙から一気に炎が燃え上がった。三露の背丈ほども伸び上がった炎はゆらめきながら人のような形をとり、トラクターへと覆い被る。
炎がまばゆい光となり砕け散る。霧散した光は一瞬で消えてしまっていた。そしてトラクターはもう何の音も立てなくなっていた。炎が消え去るのと同時にトラクターに憑いた気配も消えた。召喚した式神が三露に答え、あの嫌な気配を祓ったのだった。三露は力さえ使うことが出来れば式神を呼べる。
道路の脇へ除けられた真田は瞠目していた。仕方のないことかもしれない、一週間前までは何の力もなかった三露がいきなり目の前で式神を召喚したのだから。三露は小さく息を吐きながら、真田の方に向かい合った。
「大丈夫か? …なんだかまるで、初めて会った時と立場が反対だね」
「……」
真田は何も言わずにふいと視線を逸らした。余計なことするなとか何とか噛み付かれることを予想していた三露は、拍子抜けしてしまう。毒気を抜かれて思わず瞬いた。
「……何か怪我でも?」
三露が聞いても何も反応がない。困ったなと三露が空を仰いだところで、やっと真田が口を開いた。
「今の……あれ。式神ってやつだろ」
「ああ、うん……そうだけど」
曖昧な言葉で三露が答えると、真田は肩を落として視線を伏せた。
「……本当に術者だったんだな」
どうやら真田は、今の今まで三露が術者だということを本気で疑っていたらしい。しかし目の前で力を見せつけられてようやく認める気になったようだ。
「今さっき呼び出したのは、あの日の鬼か?」
「違うよ。あの鬼は僕の憑き物で、呼び出したりは出来ない。……歩きながら話さないか。というより、放ったままの荷物が気になるんだけど」
三露は背後を指さしながら提案する。今日の買い物で大量に買い込んだ衣服の紙袋がアスファルトの上に無様に転がっていた。
三露が歩き出すと、少し間をおいて真田もそれに従った。
「……買い物かよ」
膨れた紙袋達を見下ろし、真田が呆れるような声音で言う。
「悪い? 買わなきゃ着る物がないんだ」
「本当にここへ居座る気か。……俺は認めないからな。アンタがここへ所属するだなんて」
真田の強情さには一種の感動すら覚える。三露は紙袋を拾い上げながら無意識に小さく笑みを浮かべた。
「君に認めてもらわなくたって、僕はここの所属だよ。ねぇ手ぶらならさ、少しは持ってあげようって気にならない?」
紙袋を見せつけるように腕を上げたが、真田には黙殺されてしまった。仕方なく一人で全ての紙袋を抱え直す。
「で、さっきのトラクターに君は心当たりないの? 見たところ君を追っていたみたいだけど?」
質問を投げかけてから三露が再び家路を歩き出すと、仕方ないといった風に真田がついてきた。真田もあのトラクターのことが気になっているのだろう。
「……じゃぁアンタは、前に車に轢かれそうになったのは心当たりあるか?」
真田に言われて三露はハッとした。三露が車に轢かれそうになったことと、今回のことはとてもよく似ている。前回の時に三露は力が全くなかったため、憑いていた気配の質までは比べられない。しかしこれは"同一犯"と見ていいのかもしれなかった。
「狙われる心当たり……は、ないな。つまり、無作為ってわけか」
「術者とか、力のある人間狙いじゃないのか?」
「でも前回、僕は無力だった」
それに今回の君も、と三露が言外に含むと、真田は渋い顔で唇を歪めた。
「ここ最近で起きた交通事故の何件かは、これが原因のものもあるかもしれないな。……真田、以前と何か変わったことはあるか?」
「……特に、何も。ただ時々、妙な感じがする。さっきも何か不思議な気配を感じたから行ってみたら、ああだった」
不思議な気配、それは三露も感じた。車にもトラクターにも"嫌な感じ"が取り付いていた。明確に何と表現することの出来ない、ただ漠然とした"嫌な感じ"だ。
「まずはそれの正体を探る必要があるかな。あと、同じような事件があったかどうかも。それらを未然に防ぐための対策も……。真田、僕と君で分担して」
「ごめんだな」
ぴしゃりとした声音に、考え込んでいた三露は顔を上げる。立ち止まって真田を見ると、その表情は真剣だった。
「……真面目に言ってるのか」
「ああそうだ。俺はアンタと協力する気なんかない。一人で十分だ」
「意地を張るのもいい加減にしたら。君は悪魔を使えないんだろう」
三露はやや冷たい口調で言う。真田はキッと鋭い目つきをして三露を睨んだ。
「余計なお世話だ。勘違いするな、アンタの話を聞いたのは情報が欲しかっただけだ。別に協力する気なんて全くないし、そっちの力を借りる気もない。俺にこれ以上は関わるな」
真田はくるりと踵を返して行ってしまった。
つくづく捨て台詞の好きな少年だと思う。重い荷物をいくつも抱えているため、三露は追う気にもならなかった。
真田だって馬鹿ではない、むやみに悪魔を呼ぼうなどとは考えないだろう。今日のような場面に陥っても、自分が先回りすればすむだけの話だ。
その為には早く手がかりを掴まなければ。
「……というより、今は帰ることが先決だな」
紙袋の重みに腕は痺れかけている。

翌日、三露は昼過ぎに起き出して一乗寺宅へと向かった。相変わらず雑然とした居間へと上がらせてもらい、一乗寺に事のあらましを話してみる。しかし返答は、全くわからないとのことだった。
「ついていた気配は同じものだったのか?」
「そこまではわからないけれど、同じような感じはした。でもヒトの気配という感じではなかったな」
「では、動物?」
「かもしれない」
今日は一乗寺が茶と茶菓子を出してくれた。桜の形をした和菓子をつつきながら三露は思案する。一乗寺はというと、その傍らで古ぼけた時計の文字盤を磨いていた。
「でも納得いかないんだ。動物だとして、車とかトラクターに憑く? 普通はヒトに憑くようなものじゃないか。犬神憑きとか狐憑きとか、それこそヒトに憑くし」
「それなら、物の怪」
一乗寺は文字盤磨きに一生懸命で、三露のほうを見ようともしない。言い方も素っ気なく、興味がないのが態度にありありと出ている。仮にも自分の区域内で起こっている事件なのだから、もう少し協力的な姿勢を見せてもいいものだろうに。三露はこれ見よがしにため息を吐いて見せたが、一乗寺は全く気にする様子を見せなかった。マイペースに時計と睨めっこを続けている。
「真田は協力しないって言ってるしさ、一乗寺、君がせめて手伝ってくれると嬉しいんだけど?」
向こうからの協力の申し出は望めそうになかったので、単刀直入に切り出してみる。すると一乗寺はやっと顔を上げ、わずかに口を歪めるように笑った。
「原因が確定したなら、出ていってやってもいい」
「……要するにタダの出不精じゃないかっ」
やってられない、と三露は天を仰いだ。
術者ってやつは変わり者だ、などと心の中で、自分のことを棚に上げたまま三露は毒づき始める。腹いせに出された茶菓子を細切れにしていたら、一乗寺が冷たい一瞥をよこしてきた。最初は桜の形をしていた茶菓子はもう跡形もないほどにバラバラにされてしまっている。
要するに、一乗寺も自分も気が乗らないのだ。事件があまりにも茫洋としすぎていて、何から手をつけて良いのやらわからない。調査と言ったところで何が出来るというのだろう。いっそ投げやりな気持ちだった。
そんな中でも真田は、一乗寺の話によると朝から街を歩き回っているらしい。力も弱まっているくせに酔狂なと思わないでもないが、彼は完全に力を無くしてしまったわけではなく、上手くコントロール出来ないだけのようだ。
なので街のパトロールは真田に任せておけば平気だろう。真田が絶対的危機に陥る前に助けに行けばいいのだから、とりあえず真田の気の乱れを探っておけば大丈夫だ。
「まぁ、焦らずに一つ一つ考えていってはどうだ」
悠長な一乗寺の態度に三露は小さく首を振った。彼の言うことはもっともではある。が、のんびりもしていられないのだ。せめて早いうちに解決の糸口だけでも掴まなければ、このままでは被害者が出てくるだろう。怪異として噂が広まってしまえば、人の口は早い。収拾のつかないことになってしまう。
「地道にやってみるさ」
ぐずぐずに形の崩れた茶菓子をそのままに、三露は一乗寺へ礼を言って玄関を出た。

事例が少なすぎるのだと三露は思う。
三日も四日もいたずらに街を歩いてはみたが、結局何の成果も上がらなかった。ただふくらはぎが疲労と筋肉痛に固まっただけだ。
飽きっぽい性格を自覚している三露は、もうそれだけで嫌になって全て放り出したくなってしまう。別に運転手のいない車が動いたからどうだというんだ、運転手がいたって交通事故はそこら中で起こっているじゃないか、エトセトラ。
実際、今回の中にも「交通事故」として片付けられてしまった事件がいくらかあったのかもしれない。機械がひとりでに動き出すなんて誰も信じないだろうし非常識すぎる。暴走・暴発。きっとそんな言葉で片付けられたに違いない。
知らないところで事件は起こっているのだ。しかしその場所を予測することが出来ない。
事例はたったの二つきりだから、その二つの共通点をなんとか探し出すしかなかった(そもそもこの調査も、二つの事件が関連しているという想像の上にしか実を結ばないのだろうが)。
真田がトラクターに襲われたのが果京地区の北東のほう、三露が車に轢かれかけたのがやや北よりのところだった。この二カ所から次の場所を予測するのは無理難題。この二点に共通するのは、相手の気配はトラクターや車といった大型乗用の機械に憑いていたこと、そしてその気配が明らかな敵意を発していたことくらいだ。
親指の爪を噛んで考え込みながら、昼下がりの住宅街をあてもなくうろつく。真田もおそらく地区のどこかを歩いているはずだ。ここ数日、二人とも街をうろついていたものの鉢合わせることはなく、お互いに避けることが暗黙の了解となっていた。といっても巨大な地区だから、鉢合わせとなるほうが難しい。
「…そう、広すぎるんだ」
運良く妙な気配と遭遇できる可能性など、ほとんどないに等しかった。
そうなると方法は限られてくる。人手のいるローラー作戦は不可能、となると取れる手段はただ一つ。"おびきよせ"だ。
ここ数日で色々と考えるうちに、三露、それに続けて真田が狙われたのは偶然なのだろうかと疑うようになっていた。二人とも力が弱まっていて、ほとんど普通の人間とかわらない状態だった。−−しかしその"ほとんど"というのが引っかかるのだ。
力のある人間を、わざと力の弱った状態の時に狙っているのだとしたら?
自分たちが狙われたのはただの偶然なのか、それとも故意的だったのかはわからないが。
「……やるしかない、か」
三露の身体の中には今、十分すぎるほどに力が満ちている。これなら例の気配が出てきても迎え撃つことができるだろう。
考え事をしながら歩いていると、いつの間にか数日前に真田が襲われた辺りに出てきていた。一面に田畑が広がっていて、少し離れたところに住宅が建っている。例の気配が憑くとしたらその駐車場にある車か自転車あたりに違いない。迷惑をかけてしまうことになるかもしれないが、仕方ない。
決心すると、思い切って道路脇の田圃へと飛び降りた。水は抜かれ、土は柔らかく掘り起こされている。くっきりとついた足跡を申し訳なく思いながらも、三露は田圃の真ん中まで歩み出た。そしてジーンズのポケットから財布を取り出す。
財布の中にいつも仕込んである細長い針を取り出し、自分を丸く囲むようにして柔らかな土へと突き立てていく。全部で五本、それが終わると今度はベルトに刺したナイフを取り出した。柄に巻き付けてある黒い糸をほどき、右上から順に星形になるよう針へと絡ませていく。かつて真田に頼んで鬼を封じた五芒星と同じだった。五芒星の結界は最後に閉じることで完成するが、三露はあえて端を結ばずにおく。こうすることで結界は不完全となり破りやすくなるのだ。
五芒星は力を封じ込める効力がある。それで自分自身を封じることによって気配を抑えることが出来るのだ。不完全な結界にしておけば弱々しい気配が漏れていくはずだし、内側から結界を破ることも容易い。"おびきよせ"が上手くいって襲われたとしても、すぐに反撃することが出来るだろう。
最後に財布から符を取り出し、ぴんと張られた黒い糸へと貼り付けた。
「無色、無受想行色、無眼耳鼻舌身意、無色聲香味觸法、無眼界、乃至無意識界」
結界の中へ座り込み、集中するために目を閉じる。口の中で呟くようにしながら三露が言葉を唱えていると、ぞわりと全身の毛が逆立つような風が吹いた。
「……!?」
いくらなんでも早すぎる、まるで機会を窺っていたみたいじゃないか!
三露は立ち上がった。まるで唸り声のような、低いエンジン音が辺りに響き渡る。気配が現れるとすれば近くの住宅にある普通車に憑くだろうという三露の読みは、見事に外れた。住宅路地の合間から姿を見せたのは、大型のトラックだったのだ。
トラックは迷うことなく道を逸れ、巨大な車体を上下に揺らしながら田圃への大きな段差を降りた。間違いなく、三露の座っているところへ直線で向かっている。
「ちっ!」
舌を鳴らしながら、素早く結界として張られた黒い糸を掴む。手で強く引くと星形が形を崩し、結界は簡単に破れた。これで術が使える。
が、三露が再び財布を取り出そうとした時には、トラックはすでに三露の目前へと迫っていた。唸りを上げる重低音。
土の上へ滑り込むようにして、横飛びにトラックを避けた。身体のすれすれを大型トラックは通過していく。風圧で細かな砂石が巻き上げられて三露の頬を叩いた。思わず目を瞑りながらも、財布から和紙を取り出す。
大型トラックはその場に停止した。と思ったのもつかの間で、今度はタイヤが逆回転を始めた。こちらへバックしてくる。
三露は慌ててその場から逃げようと足を動かすが、掘り起こされた柔らかい土に足を取られて動くことが出来なかった。轢かれてしまう、とトラックに視線を移す。が、トラックはその場から少しも動いていなかった。見るとタイヤが土に呑み込まれたせいで、三露と同じように動けないでいる。
チャンスは今しかない。三露はナイフを抜いて、和紙を人の形に切り出した。この形代に式神をおろす。
「伏して願い奉る。東方の守護、甲寅の陽なる木。応え給え宿り給え我が前に姿成せ、青龍!」
トラックは土から抜け出して再びスピードを上げて接近しつつあった。三露は指に和紙で切り出した人形代を挟み、唇に当てて息を吹き込む。すると和紙は空中高くへと舞い上がって燃え尽きた。
次の瞬間、五、六メートルにまで迫ったトラックが青い炎に包まれて炎上した。三露が放った式神がトラックへと憑いた気配を捕らえたのだった。三露は一瞬安堵して緊張した身体を緩める。
しかしトラックは惰性で走り続けていた。炎を纏ったまま変わらぬ勢いで三露のほうへと突っ込んでくる。
「………!」
三露は硬直して動けないまま、咄嗟に堅く目を瞑った。耳をつんざくような爆発音がすぐ傍で弾ける。目を閉じていても目蓋を焼くような強い閃光が辺りに広がる。
しばらくは耳鳴りのせいで何も聞こえず、視界も効かなくなってしまっていた。光に焼かれた目がひりひりと痛む。しかし状況を確認しないわけにはいかないと三露が無理矢理目蓋を押し上げると、辺りはうっすらと青いヴェールを被ったようになっていた。
いや違った。三露自身が青い炎に包まれていたのだった。炎といっても温度は一切なく、ただやんわりとした靄に覆われているような曖昧な感覚だ。
三露が慌てて周囲を見渡すと、トラックだったものやその残骸・破片があたりへと散らばっていた。トラックに轢かれるところだったのを、式神が護ってくれたのだ。
「……ありがとう、青龍」
三露が言うと、身体を覆っていた炎は一つの塊になり龍の形へと姿を変えた。
呼び出した式神が青龍でよかったと三露は胸をなで下ろした。召喚することの出来る式神はいくらかいるが、こうして命じなくても三露を護ってくれるものはそう多くはないだろう。心から青龍には感謝している。
当の青龍は、龍の姿をしているせいかもしれないが表情が全く伺えない。不甲斐ない主だと思っているかな、と三露が青龍を観察していると、口に何かをくわえていることに気がついた。
白い光だ。ただの光の玉で、輪郭が明確ではない。ぼんやりとした、そこに存在するのかどうか疑わしいような球体だった。三露は青龍がくわえるそれに手を伸ばしてみる。
「これは、魂?」
青龍は三露が手を伸ばしても口を開こうとはしない。開いたらおそらく光の玉は逃げてでもしてしまうのだろう。触れても何の感触もしなかったが、指先がちりちりと焼けるように痛んだ。何か強いエネルギーの塊に触れているような感じだ。
これがさっきまでトラクターに憑いていた気配に間違いない。魂の集合体だった。三露に対する強い敵意を感じる。そして三露はその気配に触れることで、魂の正体を理解してしまった。
「……青龍、離して差し上げろ」
静かな声音で言った三露の命令に、青龍は逆らわなかった。
光の玉は空高くへと浮かび上がり、弧を描くように軌跡を残しながら北のほうへと消えていく。三露は黙ってそれを見送っていた。
あれは、動物達の魂だった。




           

 





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