目蓋をあげると痛いほどに眩しい陽の光が差し込んでくる。寝返りを打つとそこは見覚えのある部屋だった。陽当たりの良い、畳張りの寝室だ。
真田はもう一度きつく目を閉じる。どうして一乗寺の家にいるのだろうと不思議に思った。それもこの寝室はいつも一乗寺が使っている部屋なのに、何故自分が寝ているのか。
そこまで考えたところで、真田は布団をはねのけて起きあがった。
思考が急速に回復していく。しかしどう考えても、一乗寺の家にいることがおかしかった。それどころか無事にこうしていられることがおかしい。
西の林で足を滑らせ斜面を転落した。蝙蝠に襲われたので悪魔を召喚しようとした。しかし力が足りなかったせいで、逆に自分が悪魔に喰われかけたのだ。
それから? 喰われたはずの自分が何故ここにいる?
ガラ、と音がして横引きの扉が開けられた。真田は素早く振り向く。身体が緊張で固まっていたが、廊下に佇む人物を見て安堵に息を吐いた。一乗寺だった。
「起きたか。ちょうど様子を見に来たところだ」
そう言った一乗寺は、手に盆を持っている。上には土鍋と茶碗、れんげと小皿が乗せられていた。寝室へ入ってその盆を畳みに置くと、静かに扉を閉めた。
「……今、何時だ?」
聞きたいことはいくらもあったが、真田は咄嗟にそう質問していた。
「午前九時だ。言っておくが、お前は丸一日寝ていた」
「……え?」
真田は目を丸くした。つまり、"あの夜"は昨日でなく一昨日の夜だということだろうか。まさか丸一日も眠っていただなんて思いもかけなかった。
「腹が減っているだろう。食べるといい」
枕元へ来ていた一乗寺は盆の上の茶碗を手に取り、もう片方の手で土鍋の蓋をあけた。温かい湯気が立つ。
「…これは?」
「粥だ。食べ慣れないかもしれないが、柔らかいから無理なく胃に入る」
「……そうじゃなくて」
何故ずっと寝ていた真田のために、こんなものを作ったのかと訊いたのだった。いつ起きるともわからないのに、どうしてこんなにタイミングよく粥をこしらえて持ってこらたのかと。
真田が再度質問すると、一乗寺は少し仏頂面になった。
「三露がそう言ったんだ。お前がもうすぐ起きるだろうから、何か食べるものを作ってやれと。あいつの占いは良く当たる」
「そうだ、アイツ! アイツ、無事なのか!? いや、それより一乗寺。俺、見たんだ!」
三露と聞いて、真田の意識はあの夜へと引き戻されていた。意識を無くし際に見た、あの懐かしいまでの映像のことを。まばゆい光に映し出された人影は、確かにあの人だった。
「俺、総帥を見た! 総帥に助けられたんだ」
「……総帥に?」
「そう、ベルゼビュートを呼んでしまった俺を、助けてくれた。死にかけてた俺を引き戻してくれたんだ。襲ってきてた蝙蝠も、いなくなってた。全部あの人が助けてくれたんだ」
三年前、日本へ初めてやってきた時と全く同じ状況だった。あの時も、悪魔に憑かれて憔悴していた真田を癒してくれたのは総帥だった。おぼろげな記憶の中の総帥は、今回と同じく満月の光を受けた人影としてしか覚えていない。表情も顔だちも知らないが、あの神々しいまでの存在感は間違えようがない。
「総帥が……助けてくれた」
意識を失ってしまった自分が悔やまれる。総帥に言いたいことはいくらでもあったのに。真田が俯いて布団を握っていると、傍らで一乗寺が嘆息した。それはどこか真田を咎めるようなため息だった。
「……アンタは、信じてくれないのか」
「信じるも何もない。お前を運んできたのは彼の式神だったからな」
「え?」
「今は縁側にいる。礼を言いたいのなら行ってくるといい」
一瞬、一乗寺の言葉が理解できなかった。式神が? と聞き返してしまいそうになる。そんなはずはない、式神は用事を終えたら消えてしまう存在なのだから。それに礼を言うのは式神にではなく、式神を呼び出してくれた人に対してだ。つまり総帥が。
「……ッ!」
気がつくと真田は布団を蹴散らして走り出していた。心臓が痛いくらいに脈打っている。わずかに立ちくらみを感じたが、そんなものにかまっていられない。
総帥に会える。そう考えただけで身体が小さく震えた。足が絡まるようで上手く走ることが出来ない。それでも必死で廊下を駆け抜け、縁側へと出た。総帥はどこにいるのだろう。真田はもどかしい思いで庭を見渡す。
そこには三露が佇んでいた。庭の大きな松の木に寄り添うようにしている。走ってきた真田を見て驚いたのか、わずかに目を開いていた。
「真田、もう大丈夫なのか。安静にしていた方が、」
「総帥が……いるって」
切れ切れに真田は口を開く。息切れしているのは走ったせいだけではないだろう、総帥に会えるという緊張がそうさせている。音が聞こえそうなほどに鼓動が大きくなっているのがわかる。
「総帥がいるから、礼を言ってくるといいって! 総帥はどこに?」
三露に近づきながら、真田は問いつめるような口調で聞いた。三露は無言のまま瞠目している。驚いているらしかった。
「……真田。もう少し落ち着いて、」
「なんでもいい! 総帥に会わせてくれ!」
力任せに三露の顔の横、もたれかかっている松の木へと真田は拳を叩き付けた。気持ちばかりがはやってしまい、どうしようもない。三露の話を聞いてやれる余裕などない、一刻も早く総帥に会いたかった。
松を殴った拳に、鋼を打ったように鈍く衝撃が響く。痺れるように痛んだが、それすら気にならなかった。なおも口を閉ざしている三露に苛立ち、真田は再び拳を振り上げた。
「……お止め下さい」
背後から声がかかり、手首を強く掴まれてしまった。体温を感じない無機質な手だ。まるでビニル製の人形のような感触の手が真田を戒めている。
「止めるなッ!」
真田は鋭く振り返る。手首を掴んでいるのは黒装束に身を包んだ影だった。総帥の使い魔、真田の最も嫌いな存在。先日姿を見せた時に二度と現れるなと言っておいたのに。真田は相手を射殺す思いで影の瞳を睨み付ける。
「離せ、穢れる!」
「お離し致します。しかし乱暴はお止し下さい」
真田の眼付けを影は平然と受け止めている。その態度に胸が悪くなり、真田は影の手を振り払うとふいと視線を外した。掴まれていた手首がジンと痛む。
会いたくもない使い魔の出現で不愉快になった。しかし影がここにいるということは、やはり総帥が近くにいるということだ。影は総帥に仕える"忠実な"使い魔なのだから。
「……総帥がいるって聞いた」
訊くと、影は顔をわずかに捻る。サラサラと音を立てそうなほど真っ直ぐな黒髪が影の頬にかかった。髪の間から見え隠れしている黒い瞳は、眩しい物でも見るように細められていた。
「そう聞いて、殴りに来られたと? 貴方は総帥をお恨みですか」
「違う! ……ただ焦って。総帥がどこにいるのか、教えてくれないから」
チラリ、と真田は三露へ視線を移す。三露は松の木にもたれかかったまま、俯いて額を片手で覆っていた。痛んだ金髪が太陽の光を受けている。
「狼藉なさる方を、総帥にお近づけするわけには参りません」
真田の肩口に影の手が置かれ、ぐいと強く引かれた。思わぬ行動に真田は不意をつかれ、よろめいた。一昨日の晩のダメージが回復していないのだろう、足に上手く力が入らず踏みとどまることが出来なかった。二三歩よろけた後、硬い御影石のタイルへと尻をつく。
「……っそ、何しやが…」
歯を食いしばりながら起きあがり、真田は影を睨んだ。が、影よりもむしろ三露のほうへと視線が惹きつけられた。三露は腕を組んで松に寄りかかるポーズを取ったまま、険しい表情をしている。瞳は冷たいガラスのように黒光りしていた。
「……やめろ、影」
「しかし、」
「これ以上の真田への手出しは許さない。わかったなら消えろ」
真田の聞いたことのないような、厳しく冷たい声音だった。表情といい、まるで別人のような印象を受ける。真田は思わず三露と影のやりとりをジッと見つめていた。
しばしの沈黙の後、影は諦めたように膝をつき、承知しましたと小さく呟いた。そして仰々しく叩頭する。真田は目を見張った。
「影は総帥のご命令に従いましょう」
そう言い残して影は空気に溶けた。一匹の揚羽となって空へと舞い上がる。
真田は御影石の上に座り込んだまま、動くことが出来なかった。精一杯に目を開いて三露のことを凝視する。項垂れた三露は顔を両手で覆っていて、表情が伺えなかった。
「……総帥?」
震える声でやっと絞り出した呼びかけは、三露に届いたか、どうか。
「おい、茶が入ったから来い。それと、真田は粥を食え」
一乗寺の声がかかる。


* * * *



三露は頭を抱えたい気分だった。いや、実際に抱えた。
影が去り際に余計なことを言ってくれたせいで、真田は気づいてしまったらしい。
先程から真田を観察しているが、茶碗によそった粥をレンゲですくってはいるものの、ちっとも量が減っていなかった。水分を吸って固くなったいかにも不味そうな粥を、俯いたまますくっては落とし、落としてはすくう。
間が持たない。そう思って三露は湯飲みに口をつけたが、すぐに吹き出しそうになった。
「……!? なん、だこれ」
とにかく渋い。茶を淹れた一乗寺を見やると、彼は先程まで自分が立っていた松のところにいた。幹へ手をあてて愛おしそうに撫でている。ちょうど真田が殴ったあたりだ。
なるほど、つまり松を傷つけたことに対する嫌がらせということか。直接の原因は真田だが、三露にも責任があるということだろう。なんて陰険な、と思わず天を仰ぐ。
「……アンタが総帥だったなんて」
ほとんど消え入りそうな声で真田が漏らした。三露は片目だけを細める。
「不満か?」
「……」
真田は何も言わないが、不満なのだろう。総帥のことを語る真田の口調には熱があった。総帥に憧れ、総帥に心酔していたのだ。
「……良いことを教えてあげようか。―――僕は総帥じゃない」
「……は、馬鹿馬鹿しい。あの使い魔が言ったじゃないか、確かにアンタを……総帥と」
その通りだ、影は三露のことを総帥と呼ぶ。それが嫌で、何度やめるように言っても影は聞かないのだ。総帥に心酔しているのは影も同じだった。総帥、総帥と言っていつも三露についてまわり、いつも頭を下げる。
そんな影に嫌気が差して、三露は脱走したのだ。
始まりは新月の日だった。つまり初めてこの街に来た日、前々からの計画であった逃亡を試みた。三露の力は一定のサイクルで循環し、それは月の満ち欠けと一致する。新月の日、三露は一切の力をなくすのだ。普通の人間と変わらず、気配を察知されるようなこともない。この状態ならば、影から逃げ出すのは簡単だった。
逃げ出してからは、セーマンの五芒星で自らの力を封じるつもりだった。満月が近づくについれて力が増していっても、力を封じていれば影に気配を感づかれて見つかることがないからだ。
しかし、やってきた早々事件に巻き込まれ、調査に追われる日々が続いた。そして肝心の満月の日、力の最も高まるその夜に、三露は結界を張ることができなかったのだ。それで影に見つかってしまった。
「満月の夜は……最も力が高まる。逆に新月の夜は全く力がなくなる。君の知っている通りね」
「……」
「そしてご存知の通り、新月の夜には鬼が現れる。……あれは僕の憑き物の一つでね、全く力のなくなってしまう夜、抑制がきかなくなって出てきてしまうというわけ。総帥も同じようなものだ。つまり……別人格」
総帥が憑いているというよりは、総帥を宿している、といったほうが正しい。
術者総帥は受け継がれている。総帥の器たる者が儀式を行って総帥を宿す。三露の場合は十三の時だった。儀式を行って、総帥と鬼を同時に宿した。以来ずっと新月の日は鬼に意識を奪われてきたのだ。そして満月の日は総帥に。
「総帥が僕の身体を使って何をしたのか、何を喋ったのか、僕は全く知らない。君が求めていた総帥は、僕であって僕じゃないんだ。残念だったね」
小さく微笑むと、やっと真田は顔を上げた。
「…総帥には会えるのか?」
「満月になればね。……けれど真田、僕は御免だよ。初めて名乗った時に言ったはずだ」
真田は怪訝そうに眉を寄せている。
「……僕を名前で呼ぶのなら。それなら名前を教えてもいいと。僕は"三露"だ。それ以外の何者でもない」
「……三露」
「結局、君と同じなんだよ。君の悪魔と同じ、あまりに大きなものを宿してしまったという……ただそれだけ。君には総帥として見られたくないんだ」

二人は再び西の森に来ていた。
今度は準備万端だった。朱で書き付けた符を何枚も用意したし、和紙もあらかじめ人の形に切っておいた。
今度こそ三露は真田のことを置いていくつもりでいたが、どうしてもと言うので仕方なく連れてきてしまった。今度襲われたって助けないからな、と嫌味を言うと、アンタに助けられたわけじゃない、と応戦されてしまった。
「……減らず口め」
けれど、なんだかそれが無性に嬉しい。
よくよく考えてみれば、同じ年代の友達というのは真田が初めてなのだ。だから自分が総帥であることを知られたくないなどと執着してしまったのかもしれない。
知られてしまった後も、こうして以前と変わらないやりとりが出来るのは幸せなことだった。影のような使い魔がいつも傍にいるだけに、総帥総帥と崇められるのはもうウンザリだ。
「さっさと済ませてしまおうか。日が暮れるといけないからね」
「……? 前のは、満月が出てくる前に帰りたかったからそう言ってただけじゃないのか?」
心底不思議そうな真田に、三露は苦笑する。
「それもあるけれどね。でも本当に夜は危険なんだよ」
言いながら、林に足を踏み入れた。
しかしもう同じ轍は踏まない。少し木々が増え始めたところでピタリと足を止めた。ここならば頭上が枝葉に覆われることもなく、太陽の光が届いて明るいので見晴らしが良い。逃げようと思えばすぐに逃げ出せる位置でもある。
「……始めようか。真田、君は念のためこれを持っていろ」
符を取り出し手渡すと、真田はそれを興味深そうに眺めた。
「魔除け?」
「……護符だよ。といってもどれだけ効果があるかわからないから、危なくなったらすぐ逃げろよ」
忠告してから、三露は大きく息を吐き出して呼吸を整える。既に切り出してある人形代を人差し指と中指に挟むと、ゆっくりとした動きで唇にあてた。
「……伏して願い奉る。北東の守護、丁巳の陰なる火。応え給え宿り給え我が前に姿成せ……太一(たいいつ)」
指から離れた形代は、はらはらと地面へと落ちていった。そしてゆらり、と膨らむ。それは一瞬で人の姿をとった。青年の外見を借りた式神だった。
「太一(たいち)、林の動物達と話がしたい。危害は加えたくないんだけど…できるかな?」
三露が問うと式神はこくりと頷く。ゆらゆらと輪郭を歪ませながら、林の奥へと吸い込まれるようにして消えていった。
その姿が見えなくなった途端、騒ぎ出したのは真田だ。
「な…っ、な、んだよ…あれ……"たいち"、って…"天帝・太一(たいいつ)"じゃないか!」
「僕の式だよ。驚いた?」
真田が騒ぐのも無理はないかもしれない。太一は軽々しく使役できるような神ではない。実際のところ、三露の使っている式神すべては総帥の式神だった。総帥を宿してから使えるようになったものだ。しかし中には、三露が呼び出しても応じない式神だっている。太一は比較的協力的なほうだ。
「いい式だろ? 気に入ってるんだ。……ほら、帰ってきた」
指さした方向から太一が戻ってくる。背後にはたくさんの光るもの、魂をつれていた。このわずかな時間で動物達を説得し、連れてきたのだ。
「…すげぇ」
「だろう」
「いや、あの式神だけじゃなくて……あれを使える、アンタも」
素直な真田の反応に三露は目を丸くする。そして思わず破願した。
「褒め言葉と受け取っておこう」
ひとしきり笑ってから、顔から笑みを消して気をひきしめる。太一の背後に連なる魂の数々は、予想以上の数だった。あの一つ一つが魂の集合体だ。この林には沢山の動物達が暮らしている。
「……非礼を詫びたい!」
十分に近づくのを待ってから、三露は声を張り上げた。
「あなた方のお気持ちはもっともだと思う。けれど、どうか怒りを鎮めては頂けないだろうか。……あなた方が、僕を狙っていることも知っている」
対峙している魂達に変化はない。ただ時折、強く瞬くものもあった。対照的に、三露の後ろに佇んでいた真田は鋭く息を呑むのが聞こえた。どうも彼は感情に正直すぎるきらいがあるな、と場違いなことを考えてしまった。
「僕の中の鬼を、総帥を、疎んじていらっしゃるのだろう。しかし約束する、僕はこの力であなた方を傷つけはしない」
高らかに言った三露を後ろから真田がつつく。真剣な話し合いをしようというのに、何て緊張感のない。三露は振り返りざまに睨み付けた。
「何だ」
「どういうことだよッ! アンタを狙ってるって!?」
息巻いた真田は凄い勢いで三露の襟首を締め上げた。
付け加えておかなければいかない。真田はすぐに"何故""どうして""どういうことだ"と質問するきらいもある。鬱陶しいことこの上ない。
「……つまり! 僕がこの街に入った途端、怪異は起き始めたということだ。僕が宿している鬼や総帥は、気配だけの存在。人というよりもむしろ魔物だとか動物に近い。……近いからこそ、動物達もムキになったんだろう」
「ムキになって、俺やお前を襲った?」
「そう、"お前が人間側につくのか"って、ね」
林が切り開かれてきているせいで募っていた動物達の不満は、三露の出現で一気に爆発したのだ。
三露はくるりと前を向き、再び動物達と対峙する。
「……誓おう。決して、あなた方をおびやかしはしない」
強く、弱く、緩急をつけながら魂が瞬く。対峙したまま、長いような短いような時間がすぎた。
やがて一つ、また一つと魂が動き出す。ゆっくりと林の奥へ消えていった。
背後で真田が長い息を吐く。
「……感謝致します」
魂が全て消え去るまで、三露は頭を下げ続けた。

「それで、アンタ今後はどうするんだ」
帰り道、口火を切ったのは真田だ。
「どうするって?」
三露は頭の後ろで手を組んで、歩きながら答える。真田もその横で、ポケットに手を突っ込みながら歩いていた。
「だから。……総帥がこんな田舎街にいちゃあマズイだろう?」
「どうして?」
「どうして、って……」
真田は何か言いかけた後、押し黙ってしまった。ちょっと可哀想な言い方だったかな、と三露は心の中で舌を出す。
「……僕はここに配属された術者だよ。これからも変わらないさ」
微笑みながらうつむくと、落ちていた小石が目に入った。思い切り蹴飛ばす。
「田舎街と言うけれどね、ここに住みたいと思ったよ。……だから僕はここの術者だ」
蹴飛ばされた小石は、空を背景にぽーんと浮き上がった。雲の浮かんだ空は青い濃淡が美しい。落ちてきた小石は、少し先をころころと転がった。
今度は真田が走って行き、その小石を再び蹴り上げる。そして、三露の方へ振り返った。
「じゃあ三露、帰って一乗寺に報告しようぜ。無事に解決できたってな!」
そう言って、真田は駆けだしてしまった。三露は一瞬ぽかんとそれを見送った後、はっと我に返った。慌てて後を追う。
振り返った時の真田は笑っていた。そういえば、真田の笑った顔を初めて見た気がする。思わず三露も笑っていた。

二人の背後には太陽が浮かんでいる。
満月から二日目の日だった。




           

 





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