ちょっと待ってくれ。何かがおかしい。
抱き合う少女と精霊を見ながら、三露は痛む額を抑えた。これは傷のせいか、それとも頭痛だろうか。
だって、何か変な展開になっていないか―――?
「…ちょっといいですか?」
三露はおずおずと手を挙げながら発言する。抱擁を邪魔するのは気がひけるが、何か食い違いがあるような気がしてならない。
だいたい、どうしてこの二人が抱き合ってるんだ。
「何よっ…最後なんだからいいじゃない、これくらい!」
忍がキッと振り向いて怒鳴る。
「いや、ボク、勘違いしてたかなぁって……」
「何がよ!」
「いや…だからその……」
威勢の良い忍に三露はたじたじだった。上手く言葉が出てこない。そんな三露をレラはキョトンと見つめている。
「忍……君は無理矢理レラを使役してるんじゃ……なかったの?」
そう思ったからこそ、三露は忍からレラを解放させようとしたのだ。しかし、何か違う。レラは忍に礼を言い出すし、二人で抱き合い出すし。わけがわからない、と頭を押さえている三露に、忍が食ってかかる。
「私もそう思ってたんだもん!」
「…はぁ?」
「私も、レラは嫌々私と一緒にいるんだって……」
食いかかった忍がまたシュンとしぼむ。再び泣き出しそうになった少女に、小夜子、と呼びかけながらレラが肩に手を回した。
「違いますよ、小夜子。私は小夜子と一緒にいたかったから……」
「レラ……ありがとう……」
見つめ合う二人は再び自分達だけの世界へ帰ってゆく。それを阻止するために三露は待ってくれ、と叫んだ。
「待てよ…? じゃあ、精霊。君は君の意志で忍と一緒にいた?」
「そうですけど……」
「じゃぁどうして、契約なんてややこしいことを?」
三露が訊くと、今度はレラがシュンとしぼんだ。
「……理由が欲しかったから、です」
―――馬鹿らしい!!!
三露は脱力して地面に座り込んでしまった。同時に張りつめていた緊張の糸が解けて、身体中の傷がじくじくと痛み出した。
要するに、忍とレラの関係は、一乗寺と松珀みたいなものか。人間と精霊だが、お互いが望んで一緒にいるだけ。それを咎める理由はどこいもない。
しかし、忍が契約などと言い出したせいでややこしいことになった。更に忍はレラに対して高圧的だったから、てっきり無理矢理屈服させているのだと思ってしまったのだ。
「……つまり僕一人、勘違いして暴走ってことか……」
情けない。情けない上に痛い。
「あの……?」
レラが困ったように声をかけてくるので、三露は片手でシッシッとそれを払った。
「あーもう、君達いいよ。もうどうでもいいから、好きにやっててくれ」
「……でも貴方、レラを解放しろって……」
今度は忍。こちらも困惑している。けれど本当に困惑したいのは三露のほうだ。二人とも好き合ってるならわかりやすく態度で示してくれればよかったのに。そうすればこちらだって、無闇に喧嘩をふっかけたりはしなかったのに。
「君達がお互い望んで一緒にいるなら、好きにしてくれていいよ。……僕が勘違いしてた」
「……じゃぁ、」
「解放しろ、というのは取り消す」
忍が息を呑んだ。本当に、と上擦った声で三露に確認を求めてくる。本当本当、と適当に答えると、忍がぐっと拳を握った。
「じゃぁなんでネチネチ私達に絡んできたのよッ!」
ブン、と空を切って忍の拳が突き出された。しかしその拳は、先程から張ったままだった五芒星の結界に阻まれて三露までは届かない。
「……!」
結界を張ったままで助かった、と三露は心から思った。こんなに手の早い女、見たことがない。
「何よこれっ、術を解くって言ったじゃない!」
「結界まで解くとは言ってないよ。…九字を解いただけだ」
「知らないわよそんなの!」
忍がギャンギャンわめくので、三露は結界を解いてやるために立ち上がろうとした。が、傷が痛んで足に力が入らない。仕方がないので這って傍まで近づく。結界の糸を切ろうとして、その時初めて地面に蝶が落ちていることに気がついた。
「かっ……影…?」
忘れていた。三露は慌てて蝶を拾い上げると手のひらへ載せる。蝶の羽はぼろぼろで、まさか死んでいるのでは、と思わせるほどに傷ついていた。
「おい、影、死んだのか? 死んだ?」
問いかけるが返事はない。生きていたとしても蝶の姿だから返事が出来ないので、生死の判別がつかない。三露は唇を噛むと、忍とレラを見上げた。
「君達、よくも影を…!」
「何よ、あんたが先に挑発してきたんじゃない!」
「落ち着いてください小夜子。それに、貴方も。話が堂々巡りですよ」
「落ち着いてられるか! 影が死んだかもしれないんだぞ!」
三露は結界内に向かって吠えかかる。しかしレラは落ち着き払って、三露の手のひらの上に載っている蝶を指さした。
「死んでいませんよ。微弱ですが気配がしますから」
「え……、」
「微弱なせいで、先程は結界を張られたことに気がつきませんでしたけど」
と、レラが微笑む。三露は慌てて影を凝視した。よく見ると、蝶の胴体が震えているような気もする。
「生きてるのか…?」
「生きていますよ」
「……なんだ、生きてるのか」
三露はそっと息をつく。生きているなら大切に抱えてやることもないだろう、と蝶をそっと地面へ降ろした。しばらく放っておけば飛べるようになるはずだ。何せさっきは暴風の中飛び回って結界を張ったくらいだから。
「ちょっと、何でもいいからはやく結界とやらを解きなさいよ!」
忍が空中の壁をどんどんと殴っている。これ以上怒らせたらマズイな、と思い、三露は頷いて結界の糸に手をかけた。
その時。
「三露、これ解いてくれ!!!」
遠くから声が聞こえた。三露が顔を上げて見ると、真田が不自然な格好で地面に横たわっていた。


忍とレラを結界から出した後、三露はレラの風の力を借りながら真田の近くまで寄った。這うのが精一杯な今、レラに力を借りなければ動くことが出来なかった。
「…………何してるんだ、真田?」
三露が見下ろすと、真田はクッと言葉を詰まらせた。地面に横たわった真田の身体には、かすかな光を発する黒い糸が巻き付いている。五芒星の結界を作っていた糸と同じものだ。
「知らないうちに、なんか絡みついてて……」
「あぁ、影の仕業だろ」
三露はさらりと言い捨てながら、黒い糸に手をかける。三露が触ると同時に燐光を発していた黒い糸から光が消えていく。
「影の……!?」
「そう、これは影の髪だよ。……あ、君には結界を張るの手伝ってもらったことがあるね。その時使ってたのと一緒だ」
三露が糸をひっぱると、ぷつりと微かな手応えと共に真田の身体に自由が戻った。
「か……影の髪……!? 嘘だろ!?」
「本当。影は元々、鬼を封じ込めるために作られた使い魔だからね。髪一本でも封印の道具になる」
「きっ気持ち悪い!」
真田は起きあがりながら、さっきまで髪の毛の巻き付いていた部分を手ではたいている。相変わらずの嫌いっぷりだな、と三露は苦笑した。
そこへ、忍が声をかける。
「ねぇ、すっかり遅くなっちゃった。帰ってもいい?」
忍の言う通り、辺りはもう真っ暗闇だった。空に星がいくつも輝いている。
帰るわね、と踵を返そうとした忍を、三露は咄嗟に引き留めた。
「ま、待ってくれ…!」
「なぁに、何か用? 早く帰らないとお母さんに怒られちゃう」
しかめ面をしながら忍がつま先で地面を蹴った。わずかながら砂が跳ね、地面に這いつくばっている三露にはたまったものじゃない。片手で顔を庇いながら、三露は慌てて言う。
「君に術者になってほしいんだよ」
「…術者?」
「君や、僕みたいに力のある者のことだ。そういう者の集まる組織があるんだけど……君にも、是非…」
三露は出来るだけ丁寧に頼む。忍を組織に引き込むことが出来れば大きな戦力になるだろう。レラほど強い精霊は珍しい。そうすれば忍に逆居を任せて、今逆居にいるミサに他の地域を任せることだって……と捕らぬ狸の皮算用を始めていると、忍が首を傾げた。
「それって、何か私にメリットがあるの?」
なかなか抜け目ない。内心で舌打ちしながら三露は言葉を探る。
「給料は出す。それに、困ったことになった時に対応するよ」
「例えば今日みたいに、レラのことで言いがかりつけられたり?」
忍の皮肉に、三露はぐっと言葉に詰まった。しかし事実なので何も反論できない。
「……そうだね。その時は駆けつけるよ」
笑顔を取り繕いながら三露は答えた。すると忍が不意に真剣な表情になった。
「他の人も、レラのこと見える?」
「……? 見えるんじゃないか? 強い精霊だし」
どうしてそんなことを、と思いながら三露が答えると、忍はニッコリと笑った。
「それなら、考えておいてあげる」
「本当? 助かる」
よくわからないが、何とか少女を丸め込めたようだ。三露はほっと一息つく。成り行きを見守っていた真田が隣で、こいつが術者かよ、と小さな声で呟いた。
「じゃぁ、私は帰るから。また今度詳しく聞かせて」
「Autsch!」
真田が悲鳴を上げる。見ると忍に腕をつねられていた。この少女の前では些細な悪口さえ言わないほうがいい、と三露は学んだ。
じゃあ、と背を向けようとした忍を、三露は我に返って慌てて引き留めた。今帰られてしまっては困る。
「ま、ま、待ってくれ!」
「何よ、まだ何か?」
心底うんざりとした顔で忍が振り返る。別にこちらだって引き留めたくて引き留めてるわけではない。ただ、
「……このままじゃ帰れない」
三露は地面に這ったまま立ち上がることさえできない状態だ。
「……私にどうしろって言うの?」
「レラを貸してほしい」
果京までレラが風に乗せていってくれないだろうか、と三露はそう考えていた。しかし忍に一蹴されてしまう。
「絶対、嫌。アンタにも変な蝶々がいたでしょ、そいつに助けてもらったら」
「影だって死にかけてる! 式神が呼び出せればまだ平気だけど……和紙は全部風に飛ばされてしまったし……」
符も、それに式神を呼び出すための人形(ヒトガタ)も、全て風に攫われるかあるいは切り刻まれてしまった。せめて和紙があれば、それをナイフで人形に切り出して式神を召喚することだって出来る。手のひら程の和紙でいい、それさえあれば事足りるのに。
「一応それって君達のせいだろ。……果京まで運んでくれたって、いいじゃないか」
「嫌よ! レラは私と帰るんだから」
ね、と忍がレラを見上げる。レラは顎に手をあてて考え事をしていた。細められた目が三露へと向けられる。
「和紙があれば、平気ですか?」
「え、あぁ……平気だけど」
「では、しばらく目を閉じていてください。……小夜子も」
レラは静かに言うと、すうっと両腕を胸の高さまで上げた。何が始まるのだろう、と三露は思わず息を詰める。
突然、四方八方から風が吹き付けてきた。ぶつかりあった風は上昇する気流になり、天へと昇っていく。それに巻き上げられるようにして、三露の放った符の破片や和紙がいくつも夜空へ舞い上げられた。
風で切り刻まれた細かい紙片が多いために、その様は吹雪が吹き付けているようだ。何十片もの紙片が巻き上げられると、風はぱたりとおさまった。夜空の中、白く細かい和紙が舞い落ちてくる。
「……すごく、綺麗ね」
忍が小さな声で呟いた。
それはまるで、季節はずれの風花だった。


* * * *


「どうして、術者とやらを引き受けるんですか?」
帰り道、レラが不意にそう訊ねてきた。暗い夜道を歩きながら、忍はフイと顔を逸らす。
「さぁ、どうしてかしら」
「私のことを見える人がいるから?」
レラが首を傾げる。忍は教科書を持った手を大きく振りながら、早歩きでレラの前を歩いた。レラは後ろから忍を追いかけてくる。
「小夜子? 怒ったんですか?」
「違うわよ!」
忍は唇を尖らせながら俯く。歩きながら、過ぎてゆく足下のアスファルトばかりを見つめた。
別に怒ってなどいない。ただ、見透かされているのが悔しかっただけだ。
三露の話を受けてしまったのは、レラの言う通り、レラのことを見える人がいるから。レラの存在を認めてくれて、なおかつレラと自分の関係を認めてくれる人がほしかったからだ。
だから今日、三露が登場したことは鬱陶しかったものの結果的には嫌ではなかった。最終的に忍とレラのことを認めてくれたのだから。
「…ねぇ、レラ。もう一度契約しなおしましょうか?」
「……なんですか?」
微笑しながらレラが首を傾げる。忍もそっと微笑んだ。
「……ずっと一緒にいて。いつだって、私とずっと一緒にいてほしいの」
「……契約を受けましょう、小夜子」


* * * *


校庭の隅にある水飲み場で、三露は絶叫を上げた。
「い、痛い痛い、痛い、真田!」
「うるさい、我慢しろよ」
そう言って真田は勢いよく蛇口を捻る。ホースから吹き出した水が勢いよく三露の身体にかかった。
「ギブギブギブ!!! 痛い本当に痛いッ!」
血と砂にまみれた三露の身体を洗おうと言う真田の提案だった。動けない三露はここまで真田に引きずられ、一方的に水を浴びせられている。これも真田の親切心なのだろうが、傷口を痛めつけるような真似をされてはたまらない。
「やめろって言ってるだろ!」
叫びながら、三露は心のどこかで違和感を感じていた。そう言えば真田は、三露を避けている様子ではなかったろうか? ろくに目を合わそうともせず、ギク シャクとした喋り方をしていた。それが、何事もなかったかのような真田の振るまい。一体何があったのか、三露には想像もつかなかった。
「よし、じゃぁ服も洗っとけよ。泥だらけだろ」
ようやく水かけに満足したらしい真田が、蛇口を捻って水を止めた。三露は脱ぎ捨ててあった泥と血のこびりついたシャツを真田に差し出す。
「洗って」
「オイ……」
「傷が痛い」
そう言われると真田は強く反論できないらしい。わずかに目を吊り上げた後、わかったよと諦めたように言った。
三露からシャツを受け取ると、真田は水につけてゴシゴシと擦り出す。三露は濡れた身体を震わせながら、ちらりと真田を見た。
「僕の知らないところで、何かあった?」
「…え……?」
真田が手を止めて不思議そうに三露を見返す。ザァァ、と蛇口から水の噴き出す音だけが聞こえていた。
「何かあったんだろ。どうして僕を避けてた?」
核心をついて訊ねると、真田が気まずそうに視線を落とした。やはり何かあったのか、と三露は確信する。
「何があったの?」
「……言わない。アンタは怒るから」
真田は首を振って、再びシャツを擦り始めた。三露は焦れて、真田の傍へ寄ると蛇口に手をかけて水を止めた。
「三露ッ、邪魔すんなよ…!」
「答えてよ。何があったんだ?」
間近に見つめる真田の青い目は困惑に揺れていた。しばらく目線を彷徨わせた後、三露の胸元あたりをジッと見つめる。水音も止まって辺りに漂い始めた静寂を、真田が口を開いて打ち破った。
「総帥に、会った」
「……!」
それは思いもかけない言葉だった。三露は思わず目を見開く。真田は相変わらず三露と目を合わせようとしないまま言葉を継いだ。
「この前の満月……一乗寺が生き返った夜、総帥と話したんだ。俺、それからずっとアンタと総帥を混同してた。いや、これまでもずっと一緒にしてたのかもしれないけど……」
真田は言いにくそうに口籠もる。三露が総帥扱いされるのを嫌いだということを知っているだけに、さぞ言いづらいのだろう。一方三露は、何も言うことができなかった。真田に総帥として見られていた、という事実にはショックを隠しきれない。
「でも俺、間違ってた。アンタと総帥は違うって、今日気づかされたんだ……」
「……え?」
驚いて真田を凝視すると、真田は気まずそうに頬を指先で掻く。
「アンタは影のために闘うんだと思って。ああ、アンタは総帥とは違う人だ…って…」
「……」
「だから、ゴメン」
ぺこりと真田が頭を下げる。三露は何と言っていいのかわからなかった。照れくさいようなくすぐったいような感じがする。
「……いいよ、別に」
三露はぶっきらぼうに呟きながら、ポケットに手を突っ込んだ。するとガバリと真田が顔を上げた。
「アンタ、どこか他の地区へ移るかもって言った。俺がアンタを避けたりしたからだろ? だから、もうそんなこと言わないだろ?」
眉根を寄せながら、切羽詰まったような声で問いかけてくる。真田の手が三露の腕を握った。
「果京に拠点を置いたまま仕事するんだろ?」
真田は、もしかして自分を引き留めてくれているのだろうか。そう思うと身体の内側が暖かくなるような気がする。三露は真田に背を向け、そっと唇を笑みの形にする。
確かに他の地区へ移ることも考えた。が、真田にそう言ったのはあの場の当てつけのつもりだった。それがこんな風に引き留めてもらえるなんて。ありがとう、と三露は口の中でだけ呟く。
「三露…!」
返事を促す真田の声に、三露は答えがわりにポケットから出したナイフを渡した。これにも三露の血がべっとりこびりついている。
「これも洗っておいてくれない?」
「そんなことより……」
「"僕はここに配属された術者だよ。これからも変わらないさ"」
三露は振り返り、笑いながらそう言った。前に真田へ同じことを言ったのは、確か果京に来たばかりの時に起きた事件を解決した後だったか。懐かしいなと思いながら三露は笑顔を浮かべる。
真田は一瞬キョトンとした後、安心したように肩を落として小さく笑った。そして三露の差し出したナイフを受け取る。
と。
「ギャッ、何だこれ!」
真田がカランとナイフを地面に落とす。
「おい真田! 大切に扱ってくれよ!」
「だ、だって……ナイフに巻き付いてる」
「はぁ?」
片目を細めながら三露は真田の足下に落ちたナイフを拾い上げる。巻き付いてるって、とナイフを見て、三露は納得した。
「コレのことか」
ナイフの柄に幾重にも巻き付けられているのは黒い糸、もとい影の髪だ。
「なんでそんなモン巻いてるんだよ」
「そりゃぁ、悪い鬼を封じる結界をいつでも張れるようにさ」
三露は拾い上げたナイフを蛇口の下へと持って行き、ゆるく水を出してその下の浸した。
「フン、どうせ俺も悪い鬼だよ」
影の髪に封じられた真田が唇を尖らせて愚痴る。しかしふと口を噤み、数度まばたきすると三露の方を向く。
「なぁ、三露。鬼が出てくる時っていつも結界張ってるのか?」
「え……張ってるけど。どうしたんだ、突然?」
三露が答えると、そうか、と静かに呟いて真田は手で口を覆う。思わず口に出してしまった、とでもいう風に落ち着かない様子だった。
「……真田?」
「いや……その結界で、」
言いかけて、またすぐに口を濁してしまう。三露が黙ったまま目で続きを促してやると、真田はやっと聞き取れるくらいの小さな声で言った。
「……総帥も封じられないのかと思って」
「……!?」
突拍子もない真田の発言に、三露はつい吹き出してしまった。うわ汚ねえ、と真田が後退る。
「君がおかしなことを言うからだろ」
「だって……アンタ、総帥を嫌ってるじゃないか。だから……」
ばつが悪そうに頭を掻きながら真田は呟いた。確かにその通りだが、まさか総帥を崇拝していた真田からそんな言葉が出るとは思わなかった。
「……封印できたらいいんだけどね」
三露は頭上で腕を組んで身体を伸ばす。全身の傷が引き攣れて痛んだが、先程までのように歩けないほどではない。ただ全身が怠いので一刻も早くベッドに沈み込みたかった。ナイフを洗ってしまったら、式神を喚びだして果京までつれていってもらおう。
伸びをしながら三露は上空を見つめる。夜空には点々と星が浮かび、西のほうの空に月が輝いていた。
―――総帥を封じることが出来れば、確かに嬉しいけれど。
しかし総帥を封印などしてしまったら、三露の身体に宿る鬼と総帥と、どちらが悪者だかわかったものではないのでは?



           

 





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